女郎話はキャベツ話と一緒の落ちだ

(これだけ読んでいる方には、分からない話なので、飛ばしてくださいね^^)

 

結局キャベツと一緒だなと。

何が一緒かというと、キャベツは本来めくって使うものだと私は感じているのにも関わらず、ざっくり切ってつかっちゃった訳です。今後も、分かっていても、そうするときはそうするし。そのキャベツの訴えが強いときは、今回みたいに、後ろめたい気持ちにかられるだろうなと。

 

私が、愛情だと思っていたものが、執着だと分かったところで。

結局、執着しつづけるのだろうなと。

後ろめたい気持ちに時折なりながらもね。

 

執着の何が困るかと言えば、普遍的にみんなとシェアした愛情が、執着の場合には、執着したことがらの部分だけ滞ることによります。他の愛情が心満たされた大きな海みたいなものだとすれば、そこだけ、波だったり渦を巻いたりすることに気持ちを割かれてしまう。

 

もっと進化出来たならば、大きな海に心を任せて、ゆったりとしていたいものだが、まだ今の私は気付くのが精一杯で、時に渦に巻かれ、波立ちながら、関わる人たちとお付き合いしていくしかないのだろうな・・とね。