木の意志・・心に思い出の木は、ありますか?

今夜の月が、あまりに美しくて、じっとしておられず、暗くなってから夕飯前に1人フラフラと集落の道をあるいていたら、やはり自宅の前にイスをだして、夜空を1人見上げていたmさんに声をかけられた。

 

m「何していたの?」

私「あんまり月がきれいなので、月あかりに誘われて、フラフラと歩いていたんです」

 

そしたら、唐突に

「あなたはUFOを信じますか?」と聞かれて

「まぁ、この空にもしUFOを見付けても、驚きはしないでしょうね。」と答えたら、急に木の話しになった。

 

どうも、人智を越えたものの例えとして、UFOを引き合いにだしてきたようなのだが、木にまつわる不思議な実話を話して聞かせてくれた。(具体的な内容は意外に深刻な内容なのでやめておきます。)・・・ともかく、色々事件が起こってしまって以降、木を切るときには、塩をもったりしてお祓いをするようになったそうだ。

 

地元のおじさんに、当時この集落に引越してきたばかりのmさんがその件を相談したところ、

「そりゃぁ木だって生きているんだから、木を切るときには、ちゃんとしないとダメだよ。」と、教わったそうだ。

 

この集落には、東京で一番大きい、大樫の木がある。それ以外にも、東京で2番目に大きい杉の木もある。私はそういう巨木になれば意志のようなものがあってもちっとも不思議でないと思うが、正当に扱い、礼が払われていればいいと思う。

 

・・思い出してしまったので、私の柳の木の思い出を書いておく。

 

私が大学にあがったころ、築100年以上の木造の実家を立て直すことになった。平屋の家の両脇には、柳の木がたっていて、私は柳の木が風にゆれるのを見るのが好きだった。立て直しに併せて柳の木を切らないといけないと分かって、私は反対した。木がなくなるなんて、どうしてもいやだった。でも、現実問題切らないと作業ができないと分かり、泣く泣く諦めた。

 

ともかく、この柳の木を絶やすわけにはいかないと思い、挿し木という事をしった。私は、柳の枝を2,3本切り、水でしばらく差して根っこが出てくるようにして、建て替えの間に住む家の庭に植えた。

 

「どうぞ、柳の木が無事に大きくなりますように。柳の木、ごめんね。」と両手を合わせた。

新築の家がたって、何度かその挿し木した柳を見に行ったが、今はどうなっているだろうか?ちゃんと根をはっただろうか?結局刈られたりしていないだろうか?

 

・・ただ思うのは、私の気持ちは、柳に伝わっただろうということだ。柳に意志があろうがなかろうが、大切なのは、そういう事ではないだろうか?私はただ本当に悲しくて、素直にそうしただけだったから、そんな配慮とかではなかったのだけど。

 

今でも、小さい頃の心の風景にある。夏に柳の木に蝉がとまって、私がアミで必死につかまえようとしている姿。小学校の2,3年だったろうか?台風で激しく揺れる姿や、スイカの種を縁側から幹に飛ばしてみたり。私たち家族の笑い声をずっと聞いてくれていたはずだ。

 

なんか、こみ上げてきちゃうな。。

 

・・・みんなの心にも、思い出の木はありますか?