過去に嫉妬してしまうって事 -おセンチ編-

中学3年のバス旅行。帰り道の日の暮れた高速。

ほとんどの子が、疲れて寝静まっている。

 

一番後ろの席で、私は外に流れ、すれ違う車を見つめながら、

 

「すれ違っていく、この人たちと、私はこうして、また近くに、触れあう、出会うことは、

本当にあるのだろうか?もう二度と出会うことなどないかもしれないのに、なんにもないままに、こうしてすれ違っていくだけなんだ。」

 

そんな風に思って、疲れていたからなのか、無性に1人悲しくなって泣いたことがある。

思春期真っ盛りだったのだろうな

・・・

facebookで、みんなの過去の写真が見られるようになった。

たかだか過去数年のものだけど。

 

みなさんも実感している通りに、SNSがひろまったことで、

過去出会った人たちに、また出会い直すことも時々ある。

 

逆に、今一緒にいる人たちの過去を知ることもできるようになった。

別にじっくり読み込むようなことはないが、目にはいるように作られているので、目にとまる。

 

今目の前にいて、がんばっていることは、自分と共有できるけど、過去笑っている写真や、がんばっている様子を見るにつけ、ちょっと嫉妬というと言い過ぎかもしれないが、寂しい気持ちになる。もちろん、誰でもではないけど。

 

その場に私はもちろんいないし、出会ってもいない。当たり前なのに、変な気持ち。

 

子どもだったとき、好きだった人の幼ないころの頃とか聞いたっけな。あれって、何も話すことがなかったからではないと思うな。自分と一緒でなかったころの時間を、なんとか取り戻したいような気持ちだと思う。

 

でも、付き合う人の過去なんて興味ないし、自分も言いたくないって人もいる。確かに、色々あって、みんなとこうして、このタイミングで出会えたのだから。写真にうつっている、どのタイミングさえも欠けたら、もしかしたら会えなかったかもしれない。理屈ではわかる。だいたい、そんな風に私自身が思われたら、私の過去の方の情報もかなり満載な訳だし。それでイチイチ嫉妬されたら、たまらないわね。

 

小さいながらもチームで動いているので、ボランティアさん含め、誰かが卒業したり、離れていくことを見送ることがある。1人1人の全部なんてしらなくて、ホントに一瞬のわずかな出会いなのだろうけど、離れていってしまう人たちのことを・・離れていってしまった時のことを思い出すたびに、今も感傷的になったりする。

 

スタッフの時など、1人取り残されたような気持ちになる。1人じゃないクセにね。

みんな「登美子さんは、大丈夫。」という。見送るばかりだ。

 

体感できる今を大事にしようと思う。過去に嫉妬していても、今が過ぎていくだけだ。

 

おセンチでバカみたい。

でも、あえて今日はこのまま、おセンチなままで終わろう。

夏ももう、後ろ姿が見えてきたしね。