リスクについて

私は山の中に引越してきてから、車をほぼ毎日運転するようになった。

集落の山道など、もう目をとじても走れそうな気分だ。

 

とは言え、私は運転には向いていない。

私のことを、よく知っている人なら分かるけど。。

 

具体的な運転のテクニックが下手な訳じゃない。

急に不安になったりすることもあるし、基本的にうっかりなのだ。

 

ぼーーっとして見えるけど、実は頭の中が相当に満載な人間で。ほおっておくと考え事を始めてしまうから、動く時は、思考の停止ボタンを押すのです。そうすれば、うっかりの発動率がへる。(実は、私のうっかりぶりについて、今改めて、ここに書いてみたのですが、正直病人めいて読めたので、削除してみた次第で。。)

 

ちょっと前、免許の更新をしてきて、色々な現実におどされた気分になって帰ってきた。

 

やっぱり恐いのは、

うっかりさではなく、どんなに上手な運転の人でも、慎重な人でさえも、気をつけていたら大丈夫!という運転などないということだ。

 

気をつけていれば、より慎重ならば、事故の可能性は低くはなるが、どうやっても0%にはならない。とんでもないところから飛び出してくる子ども、急に倒れる自転車、視覚からは確認できな車と車。

 

恐ろしい。。。すごく、恐ろしい。

 

生きていることだって、0%にはならない。

いつ、頭の上から、崖の石が落下してくるかなんて、不明だ。どんな事故がおこるかや、今時はナイフを振り回して襲ってくる人さえもいるわけで。

 

心配だからと、子ども達を1人で行動させたりしない親だってでてきたり、アメリカ映画だけじゃなくて、一部の日本人もそうだけど、子どもの学校の登下校の心配を理由に車で送り迎えしたりする。・・それだって、その車が事故に巻き込まれないとは限らないわけだけど。

 

だから

「考えたって仕方ないじゃん。車使わない訳にはいかないんだし。出来るだけ慎重に運転しようよ。」となる。

 

その話しを次男に話したら、

「母さんは、初心者マークじゃなくて、<うっかりマーク>を作ってもらって、張っておくのがいいんじゃない?」と真顔で言われた。笑いごとではなくて、ほんとに考えたい位だけど。今のところ、老人のような達観とあせりのなさで運転するしかないな・・と思っている。周辺への気遣いなどおかまいなしに、飄々とした面持ちで挑むしかないだろう。。

 

この話しをしながら、原発のリスクについて考えた。

車はのらなければ、車の事故がなくなるように、原発もうごかさければ、(そんなにシンプルでもないけど)原発の事故もなくなる。人はあるけば、歩くことで人をひくことはないけど、自動車は人1人を殺してしまうだけのパワーがある。原発のパワーは。。。。

 

もともと、生きてるということは、死ぬということなのだ。

ただ、天災や老衰からは免れぬ小さい人間だからこそ、でっかい脅威は人間の手で作ってまで発動させたくない。

 

私のうっかりと原発。

まさか、同じ土俵で考える日が来るとはね。。。