何かに「気持ち」がロックされること〜について

昨日は、疲れているのに、備品だらけの家にいるのが辛くなって、

早朝から家を脱出しました。
特に思いつかなかったので、映画を観ることにしました。
観たい映画があった訳でなかったので、なんとなく『臨場』をみました。
TVがないので、ドラマの反響とか分からないのですが、おもしろかったです。

よくある話しではありますが、
自分の家族を事件や病気で亡くすことで、心が打ちのめされて、
「気持ちをロックされて」その感情を軸に話しが展開していきます

普段、ちょっと食べ過ぎてお腹がいたくなったり、風邪で鼻づまりをするだけでも、日常の健康のありがたさを改めて感じるものですが、それと同様に、人の人生は、自分以外の人の生き死にで、心がロックされてしまうものなんですよね。。体験したことがないですが、それが自分のせいだと感じてしまえば、尚更なのでしょう。

では逆に、家族を失うことなく淡々と生きていられたら、その家族は上手くいっていたかというと、少なくとも、この映画の話しの流れとしては、微妙に感じました。

亡くなった家族の写真を大切に飾って、その笑顔を見つめて、微笑んでみたり、自分を非難したり、後悔したり。

・・・人は自分の人生の中の事故的なものと対峙して、本当に辛くなった時に、その辛さにロックされて、それを軸に物事を見ることが多いように思います。というか、それを通して自分を見つめるしかなくなる。

その「気持ちをロックされた」状態から、そのロックを解除する流れ(時間の経過によりそって、その感情を乗り越えたり、受け入れたりすること)の中で、自分を理解できていく。

それが、家族の死なのか、何か大きな失敗なのか、失恋なのか、会社のいやな上司との付き合いなのか、ママ友とのもめごと、とか?大小、種類は様々だけれども。

だから、辛いことは、決してダメなことじゃないと、改めて感じた。そうでもないと、少なくとも私はナマケモノだから、自分に本気に対峙することがない。そうして一つ乗り越えるごとに、モノを見つめる眼差しが、優しく強くなる。

ピンチはチャンスというけれど、ピンチはやっぱりピンチだし(笑)、辛いものは辛いけど、でもな・・私の日常的にあるような大変さならば、何個かこなさんと、仕方ないんだろうなと、魔性のMと占われた私は思うw。(もちろん、回りの人間は元気がなにより)

みんながそうして大人になっていくのだと受け入れるだけでいいのだし、そういったものだと言うことだ。

そうした時に大切なのは『仲間』だ。
同じ渦中の人や、先輩とか。同じ苦悩の中にたたされていなくても、何かの波にトライしている者同士、支え合って進もう。

そして、それぞれの心がロック解除されることを心から願う。

・・・昔かっから、読書感想文とか、そういえば好きだったな。

登美子

〜LOVE&PEACE〜
今日も食べるご飯があるから、大切な人がいるから、
こんな事も考える余裕があるわたしなのだよの話し。