傷つく必要があることなのかしらん?

おはようございます。

 

今日は、我が家は久しぶりにいいお天気です。

偏頭痛は、お陰様で、先日ブログを書いた日以降旅に出たようです。ありがたい。。よっぽどかブログの更新が気になっていたのでしょうか?あはは〜人って、おもしろいですね。

 

さて、日々の暮らしの中で、人が自分に対して言ってくれる意見。本当にありがたいことです。ちっとも心にとまらないことは、それなりにですが、傷ついたり、心にどうしても引っかかるような事を言われることも多いですね。

 

傷つくことの理由に、忠告してくれた人から愛情が感じられない・・ってのがあります。当然、いわゆる暴言だと感じるような事を言われた時は、さっさとそのコトバと縁を切りましょうね。

 

あと、自分でも分かっているけど、なかなか変えられないことだとか。そういう事だと、「やっぱりね。。」と感じて、落ち込んでみたり。

 

ただ、一個大事なことが。

 

相手の忠告は、あくまで相手の価値観、相手の気持ちでよかれと思って言ってくれたことです。

 

大事なのは、あなたの価値観です。あなたがどう思っているのか?いちいち他人に説明してもいられないので、どの位思い入れがあるとか、どんな風に感じているのだとか、伝えきれないことの方が多い。ましてや、コトバをつくして説明したつもりでも、コトバでは伝わらないことの方が多いかもしれない。

 

単純に、言われてくやしいから、自分の中で、その相手や、そのくやしさに対して言い訳をするために、理由をこねくりまわすのは当然論外だけれども。大事にしたいことを、相手に理解してもらえてなかったとしても、気にする必要はありません。

 

「あぁ、あなたにとっては、そういう事なんですね。分かりました。」と心でそっとそう受け止めて、さらりと流す。

 

他人に言われたコトバは、他人のモノ。受け取ると、自分のモノになる。受け取る必要のあるものは、ありがたく受け取り、自分の成長の糧に。受け取りたくないものは、受け取らなくていいのです。

 

一度流したそのコトバが、私たちの成長やなんらかの気づきによって、受け取りたいコトバに変わる日が来るかもしれません。が、今その時でないならば、耳で聞こえていても、本当の意味で受け取れないということもあります。仕方ないので、「ありがとう」と感謝して、手放すしか方法がありません。(ただ、愛情を感じるコトバならば、その愛情と一緒に、忘れたつもりでも、コトバが体のどこかに残っていることでしょう。)

 

それを考えると、人生の先輩たちは、伝える相手の成長をうながす言葉にしたいのなら、相手の成長に合わせて、言うタイミングが大事ですね。だから、先輩や親に言われるよりも、同じように成長している、友達や同僚に言われる一言の方が、目線が同じで心にしっくり来ることが多いんでしょうね。

 

・・・コトバ。

 

自分を大事にして、自分に必要な栄養を選んで、コトバもよく噛みしめて、いただきましょう。

 

 

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とか言ってるけど、あっさりと私も傷つきますよ。これでも、意外と傷つきやすい。なんとなく思いついて、大して考えもせず、話の流れで、ちょろっと嫌み半分で言われるようなことが、不意をついて、心に刺さったりして。ま、それであーでもないこーでもないと考えるのも、悪くないんですけどね。。まぁ、まだまだですが、「今」を、いっしょにがんばりましょ!