「嫌いなピーマンをチャーハンから、はじき出す」

私の知り合いは、

チャーハンに入っている、みじん切りの小さ〜〜〜いピーマンを全て、器用に取り除くらしい。

その位に、ピーマンが大嫌いだそうだ。

 

本当は、ピーマンの香りのついたものを食べたくない位に、ピーマンが嫌いらしいのだが、

注文の時に、確認し忘れて、出てきた料理に入っていた時など、

仕方ない時にはそうするらしい。

(確かにチャーハンにピーマンって入ってましたっけ?)

彼にとっての、ピーマンは「大嫌いで、どんなに小さくても絶対食べたくないもの」なのだ。

 

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会社や、学校など、様々な集団で活動していると、

どうしても苦手な人というのが、時に出てくる。

また、どうしても、好きになれない、仕事や勉強などもあるだろう。

 

そういった事が、どの程度の事なのかを、考えたことがあるだろうか?

彼のピーマンのように、

あなたは嫌いなモノや人をどのような気持ちで取り扱っているかを、

考えた事があるだろうか?

 

例えば、会社で苦手な人がいるとして、その事で頭がパンパンになるような時には、

その事を自分の中で、どう取り扱っているのかを、考えてみるのも手だと思う。

 

チャーハンなら、がんばってピーマンを箸の先で、全部はじき出せば解決するが、

人間関係はそうはいかないからだ。

 

・例えば、ママたちからよく聞く話で、

幼稚園のママたちは、ママたち同士のちょっとした諍いや、陰口などが比較的多い。

それに比べて、保育園のママたちは、そういった事が少ない。

 

それは、幼稚園のママたちは、専業主婦や、パートタイム程度の仕事の人が多いのに対して、、

保育園のママたちは、仕事という世界をもっているし、時間に余裕もないから、

忙しくって、実際問題、陰口に時間を使えない。

 

仕事でなくとも、専業主婦でも趣味や、ボランティアで忙しいとかで、

自分の世界が広い人にとっては、結果、一つの問題が、自分の中で小さく取り扱われるのだ。

 

・また、仕事の単調な作業に疲れ果ててしまったときに、

会社全体の方向性や夢という大きな目標から、自分の作業を見つめると、

少し気持ちも癒やされるだろう。

 

・私の回りには、個性的な人が多いのだが、

強い個性の人と付き合うときには、

自分の考えを嫌みでなく、でも、きちんと伝えられること。

性格は、強みと弱点がいつも背中合わせの表裏一体であるから

(例えば、 リーダーシップがある or 自己主張が強すぎてワガママ)、

出来るだけ、良い方から見つめるようにする。

 

・・例えばそんな風に考えてみる時もある。

 

小指の爪が剥がれた痛みと、骨が折れた痛みとでは、

次元が違うのだけれど、「痛い」のは一緒。必死なのも一緒。

ただ、小指の爪が剥がれたことは、生死には関係しないという事実に

気付いているかどうかが大事なことだ。

それが、人間関係にも、同じことが言える。

 

時に、痛みの真っ直中で、

自分の気持ちと状況を冷静に見つめる事が必要な時もあるという事。

 

 

自分自身は、結果はともかく、変わるよう努力できるが、

他人は変えられないし、

変えようなんて考えは、傲慢なのだろうと思う。

相手に対して自分で出来るのは、ただ「自分はこう考える。」と、伝えることだけ。

それを言われたことで、相手が感じたり、気付いたりして態度が変わるのは、

それは相手の意志で、変わっただけのことである。

それを、忘れちゃいけない。

 

だから、苦手な人と、きちんと向き合ってもダメなら、

引いて見たり、寄ってみたり、ひっくり返してみたり、あれこれ工夫して、

時に心の距離を取ってでさえ、

どうしても、どうしても、その事で頭がパンパンになるようなら、

くるりと背中をむけて、「お元気で♪(嫌みでなくよ)」と、

自分の道を歩き出すしかないのだ。

 

他人との付き合いというのは、

そういう可能性まであり得るのだから、

背中をくるりと向けるかもしれないその時まで、

明るい気持ちで付き合いたい。

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さて、彼のために、ピーマンをさらにもっと細かくするのか?

味を隠してしまうのか?

それとも、ピーマンなんかなくたっていいのか(苦笑)。

 

全ては、自分次第。が、がんばろう(笑)!!!