拝啓・・・

拝啓 石丸偉丈様 / hidetake ishimaru

こどもみらい測定所 所長


【お手紙・もくじ】
1.石丸さんとの出会い
2.いい人生とは?
3.自分が感じること、人が感じ“とる”こと
4.チームワークを学ぶ
5.その人らしさとは
6.自分のために生きる
7.facebookの石丸さんのことば
8.神性について
9.経験とは
10.詩のプレゼント『大きな石に腰掛けて』
11.最後に
12.SHOP【memoli】と【こどもみらい測定所】のご紹介

 

石丸さま

『登美子の部屋』にお越しいただき、ありがとうございました。
石丸さんの生き方は、どうも自分の生き様とかぶるところがあって、いつものようにはちっとも書けませんでした。
いつものように、みなさんと共有したいエッセンスを取り出しながら何度も書いてはみたものの、書き進めては止まり、書き進めては止まってきました。
結局、そういう書き方では表現できず、もっと大きく深い目線で捉えなければダメでした。

参加した方にしか分からないような書き方になるかもしれません。
いや、参加した人にも分からないかもしれませんが、精一杯に取り組んできた結果であることをもって、お許しください。

石丸さんに、そしてこれを読んでくださるアナタに、この長い長いお手紙を贈ります。
長すぎますが、石丸さんなら平気だと思ってます。根気強い石丸さんなら(笑)。



1.石丸さんとの出会い


3.11直後の8月の福島市で、初めて石丸さんとお会いした。

福島市の放射線量の実態や、そこでがんばってらっしゃる方たちとお会いするための視察会として行って、最後の交流会で今回の『登美子の部屋』を一緒に開催してくださった<自然育児の友の会>代表の内田さんに、石丸さんとお引き合わせいただき、初めてご挨拶をした。

楽しくお話するなかで、講演会をされたり本も出されるようなエネルギッシュなお連れ合いがいらっしゃって、その彼女が車イスでの暮らしが主でらっしゃることや、お嬢さんもお母さんと同じ骨の病気で、石丸さんは、子育て含めそのお二人のケアをし続けてらっしゃったこれまでを、ざっくりと伺った。そして、そのとき少しの間東京を離れられたことも知った。

そのお話を伺って、石丸さんに俄然、興味が湧いた。
これまで幸せもご苦労も深すぎる日々だったろうと思ったし、何より、自分を脇においてでもケアをしなければならないことがたくさんあったはずだった。

それが、今、一人。たった一人。

どんな気持ちだろう?と思った。
多分、この瞬間から、自分と石丸さんをどこかで重ね合わせてみていたんだと思う。
そこには、開放があるのだろうか?戸惑いがあるのだろうか?
自分だったら~と想像しながら、お話を伺ったと思う。

ただ、そのままだったら、それ以上のご縁はなかったかもしれないと思う。
でも、そうはならなかった。

先に新幹線で帰ろうと駅に向かう私の後を、猛ダッシュで走ってきてくださった石丸さん。
手渡された一冊の本は、お連れ合いの「遊歩(ゆうほ)さん」が書かれたものだった。

何故私に?・・と思いながらも、本をありがたく頂き、福島駅近くで別れた。
そうして、私と石丸さんは、出会ったのだった。




2.いい人生とは?

話しは、時系列からすっ飛びます。
すみません。

・・・いい人生とは、なんだろう?と思う。

先日、仕事仲間の若い男性スタッフに言われた。
「周りの人が幸せであることが、とみこさんの幸せでもあるんですよ。」

実際そう出来ているかどうか?はともかく、自分でも感じてきたことだけれど、これを言われた時、新しい目線で、その言葉を心にすっと落とし込むことが出来た感覚があって、それがどんな気持ちなのか?を、それからずっと探ってきた。

私は名古屋から東京に出てきた時初めて、<東京は、何者かになりたい人の街>であることを体感して、とても窮屈で重苦しい気持ちになったし、焦っていた自分の人生を、さらに焦らしてしまった記憶がある。人というのは、何かを成すために生きている~そんな風に言うことも出来るが、「そうでもないよ。」という別の見方を、私は最近している。


同じ仕事を前にしても、皆、粗方同じ進行でとらえても、大事にしたい事が違う。
気になることが違うのだ。見方も違う。
何故そのことが気になるのか?というのは、本人には、分かるようで、いろいろ正論な理由をならべたてたり、それがどんな立派なことであったとしても、私は個性が主な理由であると思う。


みんな気になることが違う。
自分のことで精一杯な人。
家族のことで精一杯な人。
社会のことで精一杯な人。
世界のことで精一杯な人。

なんか、こう書くと、大きな目線をもった人の方が立派そうだが、そうでもないと思う。

人なんて、ただの一人だ。
やれることには限りがある。
何かに集中すれば、何かが落ちる。
どれもだいたい知ろうとするのが大人のマナーであると社会では言われる。
それを、ある程度の深みをもってスマートにやれる人もいて、そういう人を器用な人だとは思うが、その分、その人の核になることに、ずしんと深みがあるか?と考えると、怪しいと思っている。(ただ、頭のいい人や、一生懸命な人かどうか?というのはあるだろうけど。)


自分の好きなことがある。
自分の気になることがある。

荒っぽく聞こえるかもしれないが、、
それを軸に、人なんて、所詮生きているだけなんじゃないの?と思う。
逃れられないような想いも含めて。。。

ご飯は凝るけど、家のそうじは、適当でいい。
家の埃は気になるけど、ご飯は出来合いを買って適当でもいい。
例えば、そんな具合に。

だから、周りの人が幸せそうであることが気になるのは、私の個性だということだ。


社会問題に取り組んでいる人は、大きな目線で、世の中のためにがんばってくれている訳だけど、だからって特別に偉い訳じゃないと思う・・いや、正しく言うならば、一生懸命に取り組んで生きているのであれば、みんな偉い。ただ、大きな目線の夢をもつ人の方が少ないから、レアではあるし、否が応でも目立つ。そして、そういう人の中に、自分だけの人生であるのに関わらず自分のエゴを手放し、特別に、ある種の慈愛に溢れる人が稀にいて、ヒーローとして周りが押し上げるのだと思う。

社会の問題に興味がある人は、そこが気になる。なんとかしたいと思う。自分がなんとかすることが社会に必要なことだと思うし感じる。

・・それが理由だと思う。正義だからそう思うのではなくて、考え方の順番として、まずそう思ってしまう事自体が個性だと思う。同じ困難があっても、どうするか?は、人ごとに違う。だから、一人一人が気になることを、真っ当に真剣に生きて行くことが大事だし、社会にとって効率のいいことだと思う。

分かりやすく例を出せば、(良くきく例えで恐縮ですが)ある一人の女性がいて、有能な会社社長もいれば、子ども達を一人前に育て上げたお母さんもいる。どちらが偉い訳じゃない。どっちも偉い。


~そういう意味で、遊歩さんとの出会い以降、石丸さんは濃密に生きていらしたと思うのだけど、石丸さんにとって、遊歩さんとの出会い、こうして共に歩んでいこう~と思えたことの大きな理由の一つは、「気になったから」だと思う。その関係を見過ごすことは出来なかった。愛情以前に、石丸さん自身の問題として、石丸さんが自分の気持ちを捨て置けない・・そういう出会いだったんだと思う。どうしても絡みたかった出会いだったんだと思った。

実際、日本の教育を変えたい!・・そんな情熱が、若き日の石丸さんには、あったと言う。
遊歩さんと生きて行くことは、そこに掛けられる橋のような出会いであったとも、石丸さんは言っていた。


その人の触手にふれること。
それを楽しんだり、解消したりして、その人らしさがたつこと、
そんな風にその人らしく生きていけるのは、いいなぁ~と思う。

楽しければ、より笑顔が華やぎ、
辛くても、自分の関心事の中での出来事であれば、がんばりたくなくても、ついがんばっちゃうもんじゃないだろうか?

実際には、泣きながらだったとしても。




3.自分が感じること、人が感じ“とる”こと

上で、女社長とお母さん業との分かりやすい例えを出したけれども、
その目線が、そのまま周りの人からみたときに同じか?と言うと、
一概にそうとは言えないと思う。

専業主婦のお母さんが、食材にこだわりを持っていることなどを知ると、
さすがだな~と感心する。

地元の食材の安い手の入れ方を知っていたり、ママたちで共有の畑をもっていたり、
地方の安心なお米をツテで直接購入していたり。

出来るだけ国産のものを買うようにしているコダワリなどを聞くと、
目線が世界に届いているように感じて、かえって尊敬してしまう。

自分自身は、家庭を守ることで精一杯だと、小さな人間だと感じていたとしても、
実はその一人の女性の人生のなかで、大きな目線をもっていたりすることがある。
そういう多くの人から賞賛される訳ではない、日常の暮らしの中での深く広い目線こそ、本当に愛おしく、子どもたちの行く末を見つめることの出来る大人としての熟成を感じる。


また、親の介護をしている人、体に障害のある人、
さらに自分自身が鬱だったりする人、大病と闘いながら生きている人、
それぞれに自分と暮らしの中で格闘がある人が、
なんとか前をむいて、明るく生きていくためにがんばっていることを、
小さい世界だと勝手に思い込んではいけない。
どんな世界でも、社会に向かって、窓は開かれている。

その人その人の世界の中で、
深い想いや、自分への情熱を絶やさずに生きていることは、
本当に立派だと思うし、周りの人の応援が必要だ。


当たり前だけど、みんな自分らしい幸せを求めて生きているのであって、
不幸を求めているのではない。
(中にはそこにはまっちゃっている人もいるようだけど)

その当たり前の健全さを手放さないように生きている分には、
何かしらの智恵や経験の蓄積がされて当たり前だ。

勝手に、ある問題だけが価値があるとか、
特別に自分だけが価値があるとか言い出すから、ややこしくなる。

そういう意味では、人それぞれの人生は、大きな目線でみたら、役割分担のようだ。
突飛な人生も、傍から見たときに平穏無事そうな雰囲気の人生でさえも、
片方が片方を望んでも、無い物ねだりで、そう簡単にはいかないものだろうから。


石丸さんは、これまで、家族を支えることで、
ある意味、遊歩さんの方が表だって活躍されてきたような所があったように、
本を読み、石丸さんからお話を聞いて感じていた。

でも、どうだろうか?
ここまでの経験の中で、智恵と経験が、
もしかしたら遊歩さんと同様か、もしかしたらそれ以上に
石丸さんには蓄積されてきているのではないか?
私には、そんな風にも感じられるのだった。




4.チームワークを学ぶ

さっき「人なんて、ただの一人だ」。
そう書いたけれども、ホントにそうだ。人一人は、一人前なのだ。
だから、こそ、チームワークがある。

家族というのは濃密だ。煮詰まる。
そんな中で、石丸さんは、2人の家族を支えながら、
実際には、支えながらも、支えられてきたに違いないと思う。

それは学びとも言えるんだろう。

ただ子ども一人、体に不自由のないお母さんが、今の日本で子育てするだけだって、
バタバタするものなのだ。

だから、石丸さんは、相当バタバタだったろうと思う。
若いからやれたってこともあったろうと思う(笑)。

振り返れば学びだと言えるが、
その時は泣きたいこともあっただろう。

他人ごとじゃない。
私だって、そうだった。

学びのときは、どこまで続くのだろうか?
関係や、お互いの成長によって、
その関係性の中での学びの形が変わっていくことも
あるんじゃないか?

まるっきり無くなったりはしないだろうけど、
同じような困難や課題はもういらない・・そんなタイミングも来るだろう。
わたし自身は、最近そんな風に感じはじめている。

そんな予感めいた感覚をお互いにもっていることを、
口にはしていないが、石丸さんとは感じ合っていると思う。




5.その人らしさとは

少し一人になれたからといって、石丸さんは惚けていられる訳ではなかった。
『こどもみらい測定所』の所長となって、今も奮闘されている。
それは、私からみても、やさしくて情熱的な石丸さんらしい役割だと感じる。

よく、人は「自分は職業として何をやっていくべきなのだろうか?」と、
私なんかでも未だに考え込んでしまうような時がある。
もう45才にもなったというのに。

(自戒を込めて言えば、あれこれ血眼になっている人には、
よい出会いはなかなか寄ってこないものだと思うけれどもね。
よい出会というのは、その性質上明るいものが好きで、
自分の足元みて必死に歩いている人のその姿がキラキラしてたら、
自然に人が寄ってくる・・・そういうものじゃないかしら?)


でも石丸さんを見ていると、今の仕事をやっていようと、やってなかろうと、
石丸さんは石丸さんでしか、なかったろうと感じる。

私はここ数年の石丸さんしか存じ上げないが、
古くからのお知り合いは、きっと今の石丸さんの有り様も
すんなりと納得されることだろうと思う。

人は、やることの問題だけじゃなく、
どこで何をしていても、その人らしさ~というのは、
どうしてもにじみでるものである。

そして、周りの人が、
例えば私自身のことをとっても、
私が何をやっていくのか?・・・興味をもってもらえることがあったとしても、
私を本当に大切に想ってくれている人が、気になるのは大きくは一つだろう。

私が楽しんでいるかどうか?

周りの人にとってみたら、その人がどれだけ稼ぎがいいか?とか、
地位と名誉があるか?とか、自分自身のことでなければ、
友達としては、そこはあまり価値がないだろう。
(ある種類の人たちにとっては、とても重要なことなんだろうけどね)

自分の大切な友達が、活き活きと日々を生きているか?
元気か?

そんなことが普通の友達同士では大事なのだ。

だから、そういう笑顔の自分でいられるような生き方をするのこそ、
周りの人をハッピーに出来る方法であり、
当然自分自身も、それに越したことがない。




6.自分のために生きる

ともかく、石丸さんは一人の時間もつようになった。
これまで、いろいろと暮らしの中で不自由な家族をケアしてきた。
そういう手数が少しの間なくなった。

さて。。

私は石丸さんに、改めてお会いした。
どうしても一度お会いして、「今どんな気持ちなのか?」伺いたかった。
そうして実際に2人で会って、広い芝地の公園の隅で、長々と語りあったのだった。

・・今思い返すと、あの時の石丸さんは、一人でいる自分ということ自体を漠然としか受け入れられてなかったと思う。家族は、目の前にはいなくても当然この同じ空の先で生きている訳なのだから仕方がないとも言える。

だいたい私たち自身、3.11以降の日々の中で、本当にリラックス出来ていた人なんていたのだろうか?と思う。日本中が騒然としてここまでやってきた。


そうして石丸さんと出会って、3年がたった。
「登美子の部屋、そろそろお願いしたいのだけど。。」
そんな風に、やっとその時が来ましたよ~といった風で、今回の『登美子の部屋』のお声をかけていただいた。
石丸さんとは、公園の隅で語り合った後も、ちょこちょことやり取りを続けさせていただいてきた。

実際には、石丸さんの時間のほとんどは、測定所の仕事に費やされているのだろうが、
お話するごとに、自分のために使う時間、自分自身に注目する時間の使い方を少しづつされてらっしゃるような変化を私は感じてきた。

人は、どんな状況の人でも、やはり一人の静かな時間が少しは必要なのだ。
散歩でも、無心に太鼓を叩くのでも(石丸さん昔やっていたそうだ、あ!高校時代はバンドでボーカルも!)、瞑想にひたってもいい。
自分自身と向き合う時間は、やはり大事。
石丸さんは、お嬢さんの子育て日記のようなものを書いてらっしゃったそうだが、
そういう時間はとても大切だったろうと思う。

これまでの石丸さんの人生の時間の使い方は、
家族と共に絡み合いながらの濃密なものが多かったのだろうと思うが、
自分のためにシンプルに自分の時間を使うことで、
石丸さんの心の中の言葉がまとまっていくように、お話をしていて感じた。

遊歩さんと石丸さんは、コミュニケーションは常にある一定以上でなされてきて、
様々な感情を手放したりするような工夫をされていたと伺っていた。

ただ、一人の時間をもたれることで、
ご自身の気持ちを冷静にみつめ、言葉がまとまっていくのだと思った。

私自身も、比較的自分の生き様と重なるような仕事を連れ合いとしてきて、
連れ合いが子育てに関してあまり頼れない状況での子育てをやってきた。
そして、今年長男が20才、次男が中学にはいって、本当に一段落になって。
こんな時が来るなんて、想像も出来ないまま急にその日が来たような感覚で、
つい最近、こっそり習い毎を始めたし、自分の言葉がまとまるのを、私自身も今感じている所だ。

石丸さんのお嬢さんも大きくなって、
なんと車イスで一人で旅に行くような、
お二人のお子さんらしいとてもパワフルなお嬢さんに成長されたそうだ。
人一倍頑張り屋さんなんだろうと思うし、
親への気遣いもたくさんしてきているんだと思う。

お母さんである遊歩さんも、
その成長を実感されてらっしゃるだろうと思う。
その成長を感じられたことは、
私なんか以上に、遊歩さんの気持ちがほぐれることであったろうと思う。

ご自身も小さな愛娘も車イスで、頼りたくなくたって、人に頼らなければならないのだ。
遊歩さん自身も、一人になりたい時だってたくさんあったはずだ。
そういう中での、お二人の精神的な日々のやりとりは、
濃密なものにならざるおえなかっただろう。

そういう親としてのお二人にとって、お嬢さんの成長は、
私同様、やはり、それぞれに自分を見つめられる節目のタイミングでもあるんだろうと思う。



・・最初、私が一人になった石丸さんに、
興味津々で伺いたかった、その気持ちはもうなくなっていた。

興奮して、何か思いきったことを言い出すのではなく、
いや何か思いきったことを言うのかもしれないけれども、
興奮はしていない。

何か、チャンネルが切り替わる瞬間というのは、
静かなものなのだ。

決まっているからこそ、深い意志で自分の中で抵抗なく受け入れ済みな感情のチャンネルは、静かに切り替わるものだと、改めて知った気がした。
今からそれについて書く。




7.facebookの石丸さんのことば

石丸さんの誕生日がやってきて、私はこの手紙をあぁだこうだと書きかけの文章がバラバラにたまっていくだけの日々を過ごしていた。

そんな中で、石丸さんがfacebookで,
お友達からのバースデイメッセージへのご返信のような形で書かれた言葉がこれだった。
石丸さんにご承諾いただいたので、そのまま転記します。

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多くの方にお祝い頂き、感謝です。
42になりました。

シュタイナーは人生のサイクルを7年周期で表しており、
その目で見ると、6回の7年サイクルを終えた節目です。
さて、次なる新しき展開や如何に。

23で私は父になり、
娘も早18に。

思えば遠き道のりであり、
過ぎ去れば、やはり短く感じるものではあります。

私がこれまである種渾身の力で愛してきた連れ合いと、
最近、これからはそれぞれにやっていこうと話をしています。

私たちの多くの大事な友人のみんなは、きっと大変驚くかと思いますが、
ある意味でもっと仲良くなりつつあるのでご安心を。
こんな場で中途半端に伝えてごめんなさい。

ある意味、人類史的なチャレンジと濃密さの塊であった我らがパートナーシップ。
新しい局面を迎えます。

一言では(たぶん数ページでも)申し上げられないので、
詳しくはまあ、追々またの機会に。

人生はドラマであり、
普通の日常に大いなる学びと光はあります。

最近、とある出版社の方に、
私のこれまでについてまとめるご提案を頂いています。

得も言われぬ味わい深き日々の軌跡を、
まとめ綴るもまた一興かと。

また、私の、特に心に思う友人達と縁ある方々に、
説明責任も果たさねばなりません。

私が今もし死ぬとして、
何を一番この人生で為してきたかと自問するとすれば、
娘を授かり、
二人の家族を愛してきたことを思います。

世間的には(特に金銭的には)成功などとはほど遠い人間ですが、
私はある種の限界を超えて生き、かけがえのない機会を得ました。

人間と人間が生きて暮らしあうことは、
大いなる異文化交流であり、相互理解へのチャレンジです。

娘の存在に感謝し、
連れ合いの存在に感謝します。

どのような形になるにせよ、
愛は限りなく。
高密度な日々の中で育ち上がったものは
消えがたく。

愛には様々な側面がありますが、
我が存在の根底からの愛と感謝をこれからも送ります。

続きと詳細は本にでも。
または、お目にかかった時にでも。

かけがえなき友人の皆さんにも、感謝を込めて。

ひとまずこれにて。

 42歳の誕生日の頃に。 石丸偉丈

----------

動いた。
チャンネルが切り替わったと思った。それも静寂の中で。

そして、この言葉からは、コミュニケーションしつくして
その時々でやり切ってきたからこそ言える、爽快感を読む人に感じさせる。

この文章を読んで、書きかけの私の言葉など必要ないように感じた。
そうは言っても、お約束通りこうして書きつづけたのだけれども。




8.神性について

長い手紙も、そろそろ話しの終盤にはいるが、
石丸さんが今回『登美子の部屋』で告白したかった、大事な言葉を書いておこうと思う。

「遊歩と出会ってここまでやってこられたことの大きな理由として、
私の中に神性があったからだと思う。」と。
印象的な一言だった。

ご実家自身もクリスチャンの家系だそうだが、
自分の存在以上の存在を、石丸さんはずっと感じて生きて来たそうだ。
その光のような泉からわき出てくるものが、
石丸さんを支えつづけてきたし、これからもそうであるのだろう。

石丸さんの視線が普段も高いので、
ここまで書いてきたお手紙の内容も大きなテーマがほとんどになってしまったが、
子どもの頃にいじめっ子にされた恐い経験なども、
石丸さんの人生のフックになっていたそうだ。

そんなことでさえも、

~あのいじめっ子のやることは、許せなかったが、
あの少年自身が悪かった訳じゃないと思う。
あぁさせるだけの何か悲しい事情があったんだと思う。
その事が本当の意味で憎い。~

そんな風にお話されていた。

みんな優しい側面をもっているものだが、
それを育てていきたい~そういう石丸さんの気持ちを支えてきた神性は、
これからも石丸さんを支え刺激しつづけるだろうと思う。



9.経験とは

わたしたちは、今の日本では、
ある程度、何を選んでもいいし、
誰しもが何を選んでも、何かを経験することが出来る。

それを、自分のものにするのか?他人のせいにして流して生きて行くのか?で、
得るものが違ってくるだけだ。

ある意味、必然の出会い。そうして作られてきた家族。
濃く煮詰まる時、幸せで華やぐ瞬間。
すべての経験の意味付けは、時間の経過と自分の経験と共に変化していく。

過去は変えられると思う。

その瞬間に感じた気持ちは変えられない。辛かった傷跡もある。
でも、そのこと自体が、どんな経験でどんな意味があったのか?については、
変わっていくのだと思う。

そして、その関係性さえも。

笑って出来るだけさっぱりと生きて行くためには、
何かを選ぶ必要があるときには、決めるしかない。
それがいい結果を招くのかどうか?そんなのは、誰も分からない。

ただ、自分で決めたのだということは、忘れてはならないだろう。



ある意味、石丸さんご夫妻は、普通の夫婦~という枠には収まらないカップルだと思う。
でも一方で、では<普通>のカップルとは、どんなものだろう?とも思う。
隣のご夫婦が仲良さそうで、
「あのご主人、やさしそうで素敵だわ。」なんて思っても、それではあなたは退屈なのかもしれない。

私がまだ学生だったころに付き合っていた好青年の彼と私を知る、中学の担任の先生に言われた、笑っちゃうような言葉がある。

「お前になんか、登美子は手に負えないだろう。」
・・・私はさして目立つ訳でもなかったし、華やかな人でもなかった。当時は、何故そんな事を先生が言うのか?全く意味が分からなかった。

でも、こうして、ここまでの自分の書いた文章を読み返すと、なんとなく、先生が言ったことも分からなくもないような気がしてきたから、おもしろいものだ。あくまで、なんとなくだけど(苦笑)。




人はお腹がすけば、食べ物を欲し。食べ過ぎれば、もうイヤだと・・見たくもないと言う。
丁度いいなんてのは、なかなかない。

いつも少しばかり足りなくて、たまに満腹になったりするのがいいのかな?
満腹ばかりでは、空腹の快感が分からないのもなんだかイヤだし。
でも、それならそれで高級な食事を少しなら・・と、求めたくなるのが人だろう。

あらゆる欲は、絶え間なく人を襲うし、切りがない。
でも、人は欲しい・・欲しい・・と思う。恋しい・・恋しいと思う。

そういう仕方のない生き物である。



そういう中で、決めて生きていく。
不安定な想いを抱きしめながら、素直な自分の感情に揺れながらも、
何かを決めていきていく。
そんな生真面目な自分を、時にバカバカしいと感じながらも、生きていく。

決めて笑って泣いて、切なくなりながら、生きる。

年老いて、体力がなくなったら、心の揺れも止められるのかしら?
でも加藤登紀子さんがライブでこんなこと言ってたわ。
「関係なんてどうでもいいわ。キスがしたくなったら、小鳥が木の実をついばむように、
もっと自由にすればいいのよ。」
・・ほんとよ、ほんと、そう思う。わたしも!・・・って、、、
登紀子さんおいくつなのよ!!?(私の母と同じ年です、確か・・苦笑)

まだまだ道は長そうです。
石丸さんも私も、これから後半の人生については、まだまだ未知数。
これからも、時折背中をたたき合って苦笑いが出来るお仲間として、
お付き合いいただきたいと思います。


10.詩のプレゼント

お手紙はこれでお終いです。
とても学びの多い機会でしたが、長かった。。
この長いめろめろしたお手紙、よんでくださった石丸さん、そしてアナタ様、本当にありがとうございました。

最後に、お手紙を書く中で出来た詩をプレゼントします。


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大きな石に腰掛けて


ジャリ道に気をとられながら
長い道のりをただ歩いている
ぬかるんでいるところでつまずいて
古ぼけた靴の先から靴下まで泥水が染みてきた

頭の中は
言葉にならないもやもやと
鮮明に浮かぶ
あいつの嫌みな顔とあのしゃべり声

人気も少ない真っ直のびるジャリ道で
つんざくような子どもの泣き声
顔をしかめて見てみたら
ぽつんと建っている四角い家の庭先で
空を指さして泣く子ども

指さす方を見上げてみたら
空にのぼっていく赤い風船

どんどん小さくなっていく赤い風船のその奥に
青い空がひろがっていた
口をぽかんと開けたまま
顔を上に向けたまま立ち止まる

ずっと空があったのに
見上げるのはどれだけぶりだろう?

ずっと空があったのに
雨が降り出した時に睨み付けるだけだった

さっきの子どもの母親が
やさしく子どもをなぐさめている
あぁ悲しいね
あぁ寂しいね
ほらこの赤いあめ玉をあげる
なんていい子なんだろう


ジャリ道の脇にある大きな石に腰掛けて
もう一度見上げてみれば
青く澄み渡る空に流れ雲

ずっと空があったのに
見上げるのはどれだけぶりだろう?

ずっと空があったのに
雨が降り出した時に睨み付けるだけだった




11.最後に

・・言いそびれましたが、遊歩さんは石丸さんより年上の、年の差カップル。
若い石丸さんをゲットした遊歩さんは、お会いしたことはないのですが、きっとチャーミングな方なんだろうと思います。

お会いしてもいないのに、何度もこのお手紙の中で、お名前を呼んでしまいました。お詫びするのもなんなので、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございます。お二人の人生と同じで、まだまだ中盤の物語、お二人がどんな関係を築いていかれるのか?影ながらエールを送りつづけます。そして、私もがんばります。

そして、それが、どんな関係性になろうとも、
大丈夫だと感じるられるお二人は、すごいと思います。


ありがとうございました。




12.SHOP【memoli】と【こどもみらい測定所】のご紹介

石丸さんが所長を務める【こどもみらい測定所】。
国立駅から徒歩5、6分のこちらの【memoli】というお店の中にあります。
そして、そこは、【カフェスロー】という素敵なカフェがあります。
じわじわと充実さが増している、この空間に、是非みなさまお越しください。



〜〜みなさんの人生が、自分を大切にできますように。
長い道のりで、時折空を見上げながら、時折鼻歌を歌いながら、時折花を愛でながら、
進める道でありますように。。。




登美子


2014.10.21.